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【後編】BANA a.k.a DADDY B-人生を音楽と共に歩む選曲者

ラジオというライフワークが示す導きを辿り、レゲエを電波に乗せて発信する使命を担うBANA a.k.a DADDY B。
だからこそ、趣味ではなく仕事として音楽と付き合うために、強く固めた思いとは?

仕事としての音楽、好きなものとしての音楽。それぞれへの覚悟

opinion

趣味じゃなくて、職業や仕事としてレゲエを選んだ立場として思うこと

-BANAさんは2000年代レゲエブームのど真ん中で流行を体感し、のちに続く仕事を得た一人ですが、当時をどのように見ていましたか?
「あの頃は、クラブイベントだけで言うと多い時で月15~20本くらいは営業があったかな。2000年代後半は、忙しかったよね、ほんと。

けど浮き沈みがある世界だから、この流行が続くわけじゃないっていうのは分かっていた。俺だけじゃなくみんなね。
現在となっては、家族を養うための職業としては、音楽だけじゃ心もとない人もいると思う。

でもあの時代を駆け抜けてきた中で、本気でやってた人は後悔していないはずだよ。

俺ももちろんその一人で、そうやって、後悔はしていないと言いきれるだけの覚悟をもってブームを乗り越え、自分の人生を作ってきた。
だからこそ今の仕事があるし、これからも続けたいと思えているんだと思う」

ラジオDJ、クラブDJ、MC、ナレーター、CD制作……多様な分野で頼られる秘訣とは

opinion

-制作仕事にも常に携わっておられます。これまでのオファーで困ったことはありますか?
「制作部分では、CD作品の選曲仕事をやらせてもらうことが多いんだけど、CD制作には、いろいろな条件、企画やテーマっていう制限があって。

時間でいえば、CDは79分50分以上は物理的に収録できないし、曲数の限界もある。
収録可能曲のリストだって、好きな曲もあれば、聴いたこともないようなものもある。
著作権なんかの許諾をとる作品とブート(※1)では、そもそもの話が違うし。作品作りの条件は、そうやってどこかで必ず限定されてくるんだよね。

例えば3枚組のCDで、1枚ごとに時間帯とシチュエーションが想定されている仕事もある。
予めリストアップされた収録可能曲の中から実際に使う曲を選ぶんだけど、苦労することもあるよ。テーマに合う曲が少ない、収録分数と合わない、とかさ。

けどテーマに沿ったスムーズな選曲の流れは、必ず、作らねばならないわけで。
使用可能な曲を最大限生かす工夫をして、いろいろ曲順を変えたり、曲のつなぎを幾つか試してみたり、環境の違うところで聴き直したり。クライアントであるレコード会社の意向も配慮したり。
そうやって、仕事も自分のこだわりも昇華してやってきた。

じゃないと、仕事を自分の主観で選び始めてしまうからさ。それができるほど俺はビッグではないしね。
趣味じゃなくて、職業や仕事としてレゲエを選んだ立場だし、ささいな主張で仕事そのものができなくなる方が嫌かな。

仕事って、正解の道がないうえに、自分の気持ちや都合だけじゃ成り立たないものでしょ。
そこでやる以上、できないと放り投げるのではなく、いい方法を考えるよう工夫したいんだ」

opinion

-音楽のプロフェッショナルとして、条件や制限を最大限考慮するという考え方が大切なのですね。
「初めて出したCD[Romantic Reggae(1999年)]以降、毎年何かしらリリースできているのは、そうやって、いろんな条件があってもクライアントの立場で考えるっていう視点を大切にしてきたからかもしれないね。

だから、どうしても収録しないといけない曲があっても、それを理由に仕事を断ったことはない。だって条件っていうのは、事情だからさ。
お互いがお互いの話を聞き、安心して任せられる関係づくりを大切にしているね」

-これまでたくさんのミックス音源の制作を手掛けていますが、一番印象深い作品は?
「仕事ではないんだけど、21歳くらいの時に作った、友達のデート用音源(笑)。女の子とドライヴするから、それ用に1本作ってくれって言われてね。

つないだりせずにただ選曲したものだけど、男5人くらいで『迎えに行ったらこの曲流れてる感じで』『飯タイミングではこれでしょ』とか、デートで想定しうる起承転結に合わせて。
いい雰囲気に持っていくには分かりやすいR&Bから甘いメロウ曲にどう落とすといいかなとかを、女の子の心情を想像しながら(笑)。

俺は、そうやって曲の流れで、リアルなシチュエーションを作っていくのが好きみたいなんだ。
ミックス音源もラジオもクラブDJでも、どんな場面でも、ストーリーを織り込むのが好きなんだ。

例えばテープなら120分、ラジオなら60分など、選曲の枠って決まってることが多い。
そういう振り当てられたコマの中で、自分のシナリオに沿って曲を選んでいく、シチュエーションを彩っていく、というのが面白い」

-いわゆる、楽曲プロデュースなどの曲作りの仕事に関しては?
「周りにも勧められるし、ふとやる気にもなる瞬間もあるけど、実現しようとはあまり思わないんだよね。

過去の[Di VIBES](※2)で1回だけ新曲をいくつか作る企画があったんだけど、プロデューサーのする仕事というものが向いてないみたいで、はかどらなかったというか……
セレクションするほうがやっぱり好きなんだよな」

 

家庭や生活などを守りながら、仕事に情熱を燃やせる環境づくりに徹したい

opinion

派手な部分と見えない苦労が混在しがちな世界で、生きるということ

-長く続けるほど、収入と気持ちのバランスが取りづらくなることもあると思います。苦労はありませんでしたか?
「そこはしっかり線引きして、迷わないようにしてたよ。

音楽は、お金の事情が活動に影響する世界なの。
でも、音楽だけで食べていけないなら、食べていくという目的のために別の仕事を選んでもいいと思うんだよ。

自分の場合でもそうだし、でも、“選曲をどうやって続けようか”って観点だけで仕事を考えれば、その時の自分の状況に合わせるしかない。
これで食べていきたいと願ったのは自分自身だからね。

家庭や生活などを守りながら、どこまで仕事に情熱を燃やせるか……だからこそ、続けられる環境にいられる限り、選曲をすることやラジオを辞める気はない。
仕事が全く来なくなったら考えるかもしれないけれどね。
そうならないよう、努力や感覚のトレーニングは欠かさないし、それも仕事のうちなんだ」

 

出会った人すべてに影響を受けて出来上がった、今の自分と、生きる道

opinion

人が人をつなぎ、チャンスと仕事を運んでくれるからこそ、人を大切にしたい

-音楽を通した人との出会いは、どのようなものがありましたか?
「うーん、30歳くらいまではラジオ・音楽オタクだったんだけどねぇ(笑)。
ほんとにレゲエ関係の人と知り合う機会が少なかったんだよ、それこそ、MIGHTY CROWN(※3)に引っ張ってもらって10周年のイベント(※4)に出るまでは。

それまで、クラブDJなんて200人くらいの前でしかやったことなかったのに、いきなり2000人の前でDJプレイしたんだよ? 緊張しすぎたし人前得意じゃないしで、ずっと手がプルプル震えてたよ(笑)。

そんな俺でも人との出会いがあり、選曲する機会に恵まれていき、またたくさんの人と繋がってきた。

ラジオだけの時代なら、小林克也さん(※5)や宇治田みのるさん(※6)。
クラブDJを手掛けるようになってからは、OKAJUNさん(※7)やMINIDON(※8)。
レゲエ関係者といろいろリンクするようになってからは、MIGHTY CROWNやSUNSET(※9)、BIGGA-C(※10)……それ以外にも本当にたくさんのオーガナイザー、サウンドやセレクター、MC、アーティストのみんな。

出会った人すべてに影響を受けて、今の俺があるんだ。
大きな流れの中で絶えない繋がりにたくさん助けられてきた。
これからも俺で出来ることがあれば、縁を生かして、取り組んでいきたいと思っているよ」

 

大黒柱として、父親として、音楽とどう付き合うか

-家庭を持ち、子育てをしながら音楽仕事を続けていることに、思いはありますか?
「実はこれまで2~3回辞めようと思った時があったんだ。
家庭を持つことでの環境の変化や、時代の流れを見たうえでの判断だったけど、結局、気持ちを立て直した。

何故かというと、『辞めるのは簡単だけど、戻ってきたくなった時に戻るのは難しいよ』とか『一緒に回せなくなるのは残念だよ』とか、周りからもらった言葉があったから。
引き留めてもらったことに安心した自分がいて、『あ、俺まだ辞めたくないんだ』って気付けたからなんだ。

だから、心が納得し切れてないうちは、辞めなくてもいいと思えたんだ。
辞めるのは悪いことじゃないけど、続けたい情熱があるなら、自分への筋を通したほうがいい。
何かを続ける手段って、広い視野で見渡すとホントにたくさんあるから。
家庭があるなら、身内をしっかり納得させて続けることも含めてね」

-お父さんとしては、お子さんたちにどんな思いがあるのでしょうか。
「まぁ正直言えば、子ども目線では理想のオヤジじゃないかもしれない。何の仕事している人なのか謎だろうとも思う(笑)。

俺は好きな仕事をしてきたからね、子どもたちにも、好きなことやってほしいんだ。
彼らには、自分の好きなことを自分で探して、取り組んでくれたらと願ってる。

お金があるときもない時も、いい時も悪い時も、人のせいにすることなく自分で選んだ方法に責任をもって、強く生きていってほしいかな」

 

過去を振り返り、現在のレゲエシーンに対して感じること

opinion

これからの世代は、規律に縛られすぎず、自分がどうしたいかだけで決めていい

-現在のシーンに対して、思うことはありますか?
「うん、結局のところ、やりたい人はやる、でいいと思うよ。

今は情報量も多いし、“~すべき”っていうこだわりのレゲエ道みたいなものはあるけれど、そういうものに囚われずに、自分がどうしたいかだけで決めていいと思う。

ただ、STONE LOVE(※11)のRORY(※12)も話してたんだけど、世界的に見ても若い世代の担い手は少なくなっているみたいだね。
これまでのレゲエ文化を継承する視点が、若者世代に伝わり切れていないのかもしれないし、業界への入り口が狭いのも原因の一つだろうと思う」

 

若い世代の育成と、”収入をきちんと確保する”考え方を広めることが大切

-シーンは拡大を目指した方がよいのでしょうか?
「やたらに広げるというよりも、”好きな気持ちをお金で売るのではなく、生きていくための手段として収入を確保する”という考えを正当に広めることが大事じゃないかな?

情熱が伴ってなければ栄光でも何でもない世界だからこそ、気持ちと仕事は分けたほうがいいと思っているんだ。
そうすれば、のちのち、仕事として割り切って続けられる形を選びやすくなる。

音楽で食べていける人が増えるだろうし、みんなが夢を見られる。若い子たちが育つ環境も整う。

だからと言って安かろう悪かろう的なものではだめだよね。
いいものに見合った対価や報酬はしっかり払うという価値観をしっかり担保しておかないと、納得感が得られずに人が離れるから、商業と本質のバランスが大事かな」

-業界全体で、今以上に第三者のアドバイスを受け入れる、何でも挑戦してみる、という風土づくりが大切になってきますね。
「いろいろな意見があるけれど、道の正しさは人が判断するものじゃないからね。それを決めるのは自分。

人の話を聞かないのがいいのではなく、いろんな人の話を聞いて、自分の中で噛みしめて答えを出そうとする姿勢が大事になっていくかもね。

失敗したら自分のせいだし、うまくいけば自分を褒めればいい。
可能か不可能かは、やってみた本人しかわからないものだから。

身近な例でいえば、俺はCROWNをずっとそばで見てきたからさ。
彼らは、自分の信じる道を、周りの仲間とともに動いて進むっていう強さを持ち、証明し続けている人たちなんだよな。
有言実行できる責任感はすごいもんだと思うよ、本当に」

 

『職業として、プロとして、死ぬまでやり続けたい』音楽とラジオへの情熱

opinion
-BANAさんにとって、レゲエとは、音楽とは何ですか?
「レゲエは、純粋に興味を惹かれたもの。一番好きな音楽であり、生きていく中のメッセージであり。
ラジオというライフワークがあり、レゲエがあり、他の愛すべきたくさんの曲たちがあり、それらが俺にとっての音楽だよ。

俺はね、どこまでいってもラジオの人間なんだ。
20歳からずっとやってるのに、まだ続けたいと思うんだ。
職業として、プロとして、死ぬまでやりたい。

曲でもアーティストでも、自分が直感的にしびれるようないいものに出会えた時って嬉しいじゃない? その瞬間は、これまでの実績や名誉なんかどうでも良くて、自分が売れようが売れまいが関係ない。
そうやって好きなレゲエを紹介して、ラジオに乗せて発信していきたいんだ。

スキルや知識を磨きながら『BANAの出てる番組っていいな』って思ってもらうにはどうしたらいいのかを、レゲエとともに突き詰めて生きていきたい」

 

Annotation
(※1)ブート/海賊盤やコピー盤など、非正規音源の総称。ブートレグ、ブート盤とも呼ぶ。
(※2)Di VIBES/BANAがセレクト&ミックスを 手がけるジャパニーズ・レゲエ・コンピレーションアルバムシリーズ。
(※3)MIGHTY CROWN/国内レゲエシーンの中核的存在である、日本を代表するサウンド。
(※4)10周年のイベント/当時ラジオ番組経由で繋がったMIGHTY CROWNの結成10周年イベントのゲストとしてBANAが出演したことを指す
(※5)小林克也/1970年からラジオ界で活躍するラジオDJ、ナレーター、俳優。
(※6)宇治田みのる/幅広いメディアで活躍するDJ、音楽プロデューサー、ラジオパーソナリティ、サーファー。
(※7)OKAJUN/恵比寿のクラブCOLORSのレギュラーDJを務めていたセレクターで、BANAをクラブDJの道に誘った。
(※8)MINIDON/ジャパニーズレゲエシーン黎明期より活動するDeejay。
(※9)SUNSET/東京のサウンド。
(※10)BIGGA-C/ジャマイカ、アメリカ、日本で活動するUNITY soundのMC/Selector。
(※11)STONE LOVE/1970年代から活動するジャマイカの老舗サウンド・システム兼レーベル。
(※12)RORY/上記STONE LOVEに所属するメインセレクター。ターンテーブル2台を使用し矢継ぎ早に曲をつなげるプレイスタイル、ジョグリンを確立した本人と言われている。

 

BANA a.k.a DADDY B
東京都出身。ラジオDJ/MC/Selector。ラジオ、テレビ、クラブシーン、インターネット等幅広い媒体で活躍する選曲者。特にレゲエシーンでは電波代表として活躍中。
●official twitter  @banadaddybana
●official Facebook  Bana aka Daddy B
●mix cloud Bana a.k.a. Daddy B

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