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SUGARSOUL Aico―あれから10年以上。また歌えるようになった“繋がり”のちから

2016/10/05

SUGARSOUL Aico(熊本・Singer)

opinion
日本の音楽シーンを支える歌姫、SUGARSOULことAico。
数々の名曲でシーンを席巻しながら、2003年以降に長期活動休止期間に突入。
そしていま再び、愛を奏でるようになったストーリーを、尋ねた。

SUGARSOUL Aico
札幌+東京育ち、熊本在住。シンガーソングライター。1997年にFLAVA RECORDSよりインディーズデビュー。
1998年にダブリューイーエー・ジャパン(現ワーナーミュージック・ジャパン)よりメジャーデビュー。
現在はAicoのソロプロジェクトとして活動。代表曲に[garden feat.Kenji(※1)(Maxi single[Garden]に収録)][今すぐほしい feat.ZEEBRA/DJ HASEBE][SIVA 1999]など。

 

アーティストとして、今大切にしていること

自然や人とともに、繋がりあいながら暮らし、自分を癒すくらしの選択

opinion
-近頃は、どのような毎日を送っていますか?
「前からオーガニックやパーマカルチャーっていう概念を取り入れた生活を送ってきたんだけど、今は熊本の三角エコビレッジ(※2)というコミュニティで、村づくりに携わりながら生活してるの。

自然の中で、仲間たちと協力し合いながら自分たちの家やゲストハウスをリノベしたり、生活に必要なものをDIYしたり。畑やったり、田植えしたり、発酵食品作ったり。
唐突に村人みんな集まって宴して爆音DJでタイコ叩いて、子どもたちと踊りまくったり。

とは言え子どもがいるから、子育てしながらっていうペースだけど。
お弁当を作って、家事やって、普通のお母さんみたいに過ごしつつも、あちこち歌いに行ったりね。深夜のステージだと眠い時もあるけど(笑)。

そうやって村とかかわりながら、子育てと、家事と、歌をやりながら生きてる感じかな」
 
-以前からナチュラルなライフスタイルを選んでいらっしゃいますね。自然とともに暮らし、原点を大切にした暮らしをおくるようになった理由とは?
「20歳くらいのころ、急性アレルギーを経験した時にお医者さんにかかったんだけど、どの病院でも処方された薬と体質が合わなくて。
どんどん悪化していく中、『これはわたしが求めてるものじゃないし、薬に頼るとおかしくなっちゃう』って気付いて。

当時は情報が少なかったけどいろいろ調べて、オーガニックや漢方、東洋医学や自然療法なんかに興味を持ったの。
自分の体と向き合って、必要なものだけ選んで取り入れて。

そういう時に出会ったのが、誰かや何かが犠牲になるようなシステムを選ばないパーマカルチャーっていう理念。

持続可能な農業をベースに、持続可能な文化・人・自然が、繋がって共存し合いながら豊かになる関係をつくるためのデザイン手法なんだけど、人や自然や地球に負担をかけずに全てが循環する世界や在り方を説いていて、すごく共感できたの。

健やかな命でいるために大切なことは、食事と生き方なんだなぁって。
それが分かって意識が変わると、体調が徐々に良くなっていったんだ。

今は、音の力で癒しを施すソルフェジオ周波数とかあるけど、波動によって癒しを与えられる波動療法を試したりもした。
そうやって自分と向き合って、心と体をちゃんと癒すことは欠かせないかな」
 

活動再開までにもがいた日々、そしてまた歌えるようになったこと

opinion
-SUGARSOULとしては、10年以上にわたり歌の活動をお休みされていましたね。
「うん、そうだったね。その間は本当に何もしていなくて……。
活動休止したいちばんの理由を一言で言うと、自分が潰れてしまったから、なんだ。

もうね、最後は声も出なくて、息もできなくて。歌えなかった。
何もかもが、だいぶボロボロになってた。

そこまで自分を追い詰めちゃったのには人間関係だったり、音楽的な商業ビジネスを直視しちゃったからだったり、いろいろな事情があったんだけど。

自分が何をどうしたいのか全くわからなくなっちゃって。

『わたし、いったい、何をしたいんだろう』って呆然としながら、でも、目の前のモノゴトはこなしていかなきゃならなくて。
歌を義務的に消化しなきゃいけないっていう、自分にとっては受け入れがたい空間で過ごすことが続いて。

『やりたいからやる』状況じゃなくなっていって、そうするとね、続かないよね、何もかも。
だからわたし、壊れちゃったんだよね。

今となれば、自分自身の問題でもあったし、それだけじゃない部分もあるって分かるけど……でもその時はね、もう全てが信用できなくて。
誰のことも、何もかも、信じられなかった。

みんながわたしを利用しようとしているっていう被害妄想にハマってしまって。すごくすごくきつかった」
 
-活動はおろか、心に支障をきたすほど、精神と体が悲鳴を上げていたんですね。
「うん、立ち直るまでには相当もがいたよ。トンネルを抜けるまでは本当に長くて。10年近く……ほんとに長かった。

普通に生きることも難しくなっていて、完全に沼に囚われちゃっていたと思う。

家から出られないし、気力もない、音楽と一切接しないような日々もあったから。
もう、わたしは音楽を奏でることも歌うことも無理だなぁと思っていたかな、怖くて」
 
-トンネルを抜けた後、新たに気付けたことはありましたか?
「うん、鬱は苦しかったけど、あの時期があるからこそ今があるからね。
人と環境へ感謝する気持ちをちゃんと取り戻せたことは、今のわたしが得た大きなギフトだよ。

あの頃はね、結びつきの有り難さとか、モノゴトへの感謝なんかにも気付けずに、何も分からなくなってた。
でも、現場にレコード会社、事務所、関係者のみんな、ファンでいてくれたみんな……いつも自分と繋がって、関わってくれている人たちがどれほど支えてくれてたかっていう事実に、後になって改めて気付けたの。

今回のイベントだってそう。昔の仲間たちが、あの頃と変わらずに力を貸してくれて、そして新しい仲間もまた広がって、っていう繋がりにどれだけ救われたか。

そうやって繋がりや関わり合いに癒されていくうち、ここ数年くらいで徐々に本当に歌えるようになってきて。
クラブイベントや野外のマツリとかで歌わせてもらう機会がどんどん増えたんだ。

だからチャンスが与えられるなら、歌っていきたいと思ってるよ。
未発表のものが多いけど、実は新曲を作ったりもしてて。そのうちにみんなに聴いてもらえたらいいな」
 
-また歌えるようになった直接のきっかけは、何だったのでしょう?
「やっぱり、パートナーや家族、仲間っていう身近な人たちに支えられて、少しずつ自分を癒していけたからかな。

癒しは、自分を解放するっていう意味ですごく大事なものでね。
これまでにも、ヨガ、タイマッサージとか、様々なヒーリングツールとか、心身を解放する方法はたくさん試して来た。

もちろん今の生活に欠かせなくなったものもあるけれど、やっぱり人との関わりから得られる癒しが一番だったよ。

ひとりぼっちじゃないんだ、って実感できることが、一番なの」
 

“繋がり”のチカラで、熊本地震復興支援をカタチに

「~熊本復興支援チャリティイベント~ Hallelujah!! DANCE for Kumamoto(2016年7月8日開催)」

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-一人じゃないよ、っていうメッセージは、今回のチャリティイベント開催におけるAicoさんの主旨からもうかがえますね。
「人は辛い時は、繋がりがあることを忘れてしまったり、見なくなったりしてしまうのね。
そんな人柄じゃなくても、状況がきついと誰かを疑っちゃったりもする。

で、相手を傷つけたことに自己嫌悪して、自分でのことも傷つけて、悲しくなってしまったりする。

でもその辛さは一過性で、抜けられるものだから。『大丈夫だよ、ちゃんと傍にいるよ』っていう想いがつらい時の支えになること、わたしは分かるから。
だから、支えが必要な誰かがいるなら、自分ができる音楽というものを通してそう言い続けたいと思ったんだ。

opinion

だから、熊本や大分の被災者の皆さんや、ボランティアで支援活動を続ける仲間達の支えの一端になれたらという願いで、今回のイベントを企画させてもらったの。
“繋がり”のチカラを現地にちゃんと届けるには、これこそ今のわたしにできることかなって感じたから」
 
-出演者の皆さんの気持ち、来場された皆さんからの募金……まさしく“繋がり”を形にしたかのようなイベントでした。
「本当に、皆さんの想いに助けられました。

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昔から一緒にシーンに居たHIPHOP勢のみんな、長くお付き合いさせていただいているRANKINさんやレゲエ勢の皆さん。

今回、企画からずっと助けてくれたクロちゃん(BLAXX/EAST BLAZE)からお願いさせていただいた皆さん。
もちろん、見えない部分の作業や当日の運営を支えてくれたスタッフのみんなも、全員無償で、キモチで駆けつけてくださって。

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初めてお会いする方もいたんだけど、同じ音楽のもとに『熊本のために何かしたい』というみんなと繋がれたということに、感謝しかなくて。
愛と気持ちの大結晶(善意の集合体)だなあって、本当にありがとうの気持ちでいっぱい!」
 
-2016年7月8日現在、現地の復興の様子は、いかがですか?
「うーん……パッと見て、街の生活は元に戻りかけているように感じるけれど、再開が難しかったり、移転を余儀なくされたりっているお店はたくさんある。

二次災害、三次災害の危険性もまだまだあって。
震源地近くの益城や西原村など、住宅や建物がぐちゃぐちゃに潰れたまんまだし、通れない道もたくさんある。
まだ、何も終わっていないかな。

例えば今でも避難所で数千人の被災者の方が生活してらして、彼らが得られる生活支援金は僅かなの。
朝も昼も夜もコンビニのお弁当だよ。キッチンもない狭いコンテナで……。(2016.7月時点)

もうちょっと、被災者の皆さんの気持ちに沿った生活方針を立てて実行してもらいたいなと歯がゆい気持ちでいっぱい。
国に期待していたら、みんな疲れ果ててしまうもの。

だから現地では、民間団体のみなさんが各地の炊き出しや不足物資の送付物資などの支援活動に奔走しているよ。
でも民間団体のメンバーにも被災者はたくさんいて、お互いに大変な思いをしながら、ギリギリのところで支えあってやってる。
とてもとても、力も、人も、お金だって足りないんだ。

せめて活動資金を集めたいという思いで、支援金口座開設の準備もしているところ。

だからみんなの力がもっと必要なんです。
熊本・大分はもちろん、東北だって、現地で頑張っている人たちがいることを少しでも知ってもらいたいんです。

そして、復興に向けて一番必要な力を集めるために、皆さんができる形で、支援を細く長く続けてほしいんです。
寄せてくれた愛はチカラとなって、きっと現地に届くから!」
 

ママになった自分が得た、親として人としての新しい役目

子どもたちの好奇心と自主性を伸ばす環境を作りたい

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-小学生のお子さんがいらっしゃいますが、最も濃い繋がりであるお子さんとの繋がり-“子育て”について、聞かせてください。
「小学生の息子が通っている学校はのびのびしていて、田舎ならではの暖かい人間関係に恵まれていてすごくいいところ。
先生方にも情熱があふれてるし、親子ともども皆さんにお世話になってるよ。

でもわたし、子どもがしたくないことは別にしなくてもいいって思っていて。
それは勉強でも教育でも趣味でもそう。彼の気持ちが動かないようなものを、強制したくない。

だから、現代の教育制度や指導方法自体に対して、わたし自身がちょっと疑問を感じていて」
 
-日本では、小中一貫の公立校による昔ながらの教育方法がスタンダードですが、それだけではないと?
「うん。この時代、右にならえ形式の授業内容を押し付けたり、従来の社会や教育の仕組みをなぞって枠にはめたりするのではない方法だってあるからね。

例えば7歳までは読み書きとか計算を詰め込むよりも、興味があることや感性を育てたり、こころの原体験を増やしたりしてあげたりね。

勉強についていけなくても学校に行かなくても、彼らの“したいこと”が泥んこ遊びなら、それでいいって思ってる。

教育の主人公って、子どもだからさ。
生まれ持った才能や興味の種を発見して、どんどん伸ばしていくやり方がいいなって思うんだ。」
 
-そういった教育方法に憧れる半面、周りと比べてしまう親心も湧き出してしまいそうですが……。
「その気持ちは分かるよー(笑)。実際、あまりにも勉強に興味を持ってくれないと不安だよね。

確かにうちの子の場合、わたしも強制しなかったから6歳まで読み書きができなかったんだよね。

けれど、本やゲームに触れた時に彼自身が『字、教えて』って言ってきて。
文字を読めたほうが自分の世界が広がるって、彼が自ら気付いたからなんだよね。

結局、3日でひらがな全部覚えることができたよ」
 
-何かに興味を持ち、学びたい、覚えたい、知りたいと思った時の熱量に、年齢は関係ないんですね。
「もちろんその子ごとに合う学習方法はあるし、向き不向きもあると思う。
でも、必要だって思った時の学習能力、知識欲、集中力って素晴らしいし、世界が広がる喜び=学びの原動力って、素晴らしいことでしょう?

だからね、他の誰かと同じようにできなくてもいいし、親がそれで焦ることもないの。

親がすることは、『この子はいざとなったら絶対できるから待とう』『そのタイミングまで、押し付けるのはやめよう』って信じてあげること。
それが、子どもの気持ちを尊重しながら、自発的な学びに向かわせる愛の示し方の一つなんじゃないかな。

あ、しつけの面では締めるとこは締めるけどね(笑)。
わたしけっこう恐いお母さんだから、お行儀悪ければ『それはだめ』って怖い顔して伝えるし、ホントに行けない時はお尻ペンペンすることもあるし。

常に努めてるのは、怒るんじゃなくて話し合う。
その子の目線に降りて私も対等に自分の意見や考えを伝える。
常識や一般論を押し付けるのではなく気持ちを交わし合うと、お互いにちゃんと理解し合えるし、子どももちゃんとお話しできるよ」
 

音楽でも外遊びでも“したいこと”を最優先にできる教育環境を

自分を見失わない自主性を、子どものうちに伸ばすということ

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-子どもの意思を尊重し、興味の芽を育てる子育てスタイルは、いまの時代にすごく合っているように感じます。
「本音を言うとね、子どもの教育に関しては、ほんとは学校-オルタナティヴ・スクール(※3)を創りたいぐらい。

子どもが興味を持つことって、その子の本質が求めていること。
じゃあどうしたら本質を守りながら学ばせてあげることができるのかって考えた時に、オルタナティヴ・スクールが一つの答えだなと思えたんだ。

今いちばん共感できるのは、オルタナティヴ・スクールの中でもサドベリー・スクール(※4)のモデルなの。
ここの特徴でもある好奇心や自主性を大切にした教育方法について、日本に適した形で展開できたらなと思ってる。

サドベリーだとね、4歳の子でも自主性を持っていて、話し合いの場で意見を言えるの。
そういう自主性こそが成人後の人間の要になるし、したい事を見失わなくてすむのかな、社会でその子が生き抜く礎になるのかなって思うから」
 
―これからしたいことや、夢はなんでしょうか?
「日本各地でオルタナティヴ・スクールのムーヴメントをもっと興して、子ども一人一人に合った学びの場を根付かせていきたいなって思ってる。

子どもたち自身が自分でやりたいことを選べて、それをのびのびと伸ばせて、自分の居場所を自分で見つけることができる場所は、多いほうがいい。
だから、子どもの教育環境を整える仕組みづくりに出来るだけ早く携わりたいなって、すごく思うんだ。

自分という軸=自由な存在である事を見失わないような、生き方を日々共に実践していく。
それが、過去に自分を見失ったわたしだからできる、子どもたちへの愛の示し方なの」
 
Interviewer&Writer/nt
Assistant/星野 麻子

Annotation
(※1)garden feat.Kenji…1999年リリース。約90万枚を売り上げたSUGARSOUL最大のヒット曲。
(※2)三角エコビレッジ「サイハテ」…熊本県宇城市は宇土半島の三角(みすみ)の山に所在するエコビレッジ。文化的循環型コミュニティー。
(※3)オルタナティヴ・スクール…学校教育法 に属さない非正規の学校。非伝統的な教育や、多様な教育選択肢を特徴として持ち、主流または伝統とは根本的に異なる哲学・教授・学習方法に基づいて発展したもの。少人数クラス、教師と生徒との近しい関係、コミュニティ意識の三点に重きを置く傾向があり、日本国内には数が少ない。具体的には、フリースクール、デモクラティック・スクール、サポート校、インターナショナル・スクールなどの無認可校、ホームスクーリング等を指す。
(※4)サドベリー・スクール…サドベリー・バレー・スクールに共感し同じ理念の下で運営している世界中の学校の総称。ルールを学校参加者自身(主に生徒とスタッフ)により決定し、生徒はルールの範囲内で自由に行動できる。生徒は学びについて学校から強制されることなく、好奇心や自主性をもって、ルールの範囲内で追求することができる。

 

SUGARSOUL Aico
札幌+東京育ち、熊本在住。シンガーソングライター。。1997年にFLAVA RECORDSよりインディーズデビュー。
1998年にダブリューイーエー・ジャパン(現ワーナーミュージック・ジャパン)よりメジャーデビュー。
現在はAicoのソロプロジェクトとして活動。代表曲に[garden feat.Kenji(Maxi single[Garden]に収録)][今すぐほしい feat.ZEEBRA/DJ HASEBE][SIVA 1999]など。
●Aico official twitter  @tida_aiko

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